Vol.1 株式会社ラジカルラボ 石田社長編

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石田社長


こんにちは!まおです。

 

【このインタビューを始めるまでの経緯はこちら】

 

今回は、株式会社ラジカルラボ 石田昌治社長にインタビューしてきました!!
ホームページ↓

www.radical-labo.com



”次亜塩素酸水溶液”を用いた除菌用のスプレー「キエルキン」を作っている会社です。
静岡県給食協会で採用されたり、エボラ出血熱対策のため、リベリア共和国大使館に招聘されたり・・・!
その効果を誰もが認め、広まっている。そんな商品を作っている会社です!

それではさっそく、インタビュー記事に移ります!

 

【目次】

 

社長の意外な過去

 

 

さっそく、質問に入らせていただきます!まず、会社の立ち上げの経緯やきっかけはなんですか?

 

震災がきっかけです。10年以上続けていた前職も慣れてきて、このままでいいのか?と思っていた矢先に、東北大震災が起こりました。「日本人である限り、何か力になれれば」と思いました。今の吉武専務とはこの時に出会いました。持って行った物資の中に、今のキエルキンに使われている「次亜塩素酸」が入っており、今後アルコールに代わっていくものだという現専務にあおられ、会社を立ち上げることにしました。

 

もともと、社長ご自身は理系出身なんですか?

 

理系文系ないですけどね、大学行っていないので。

 

そうなんですね!社長の生い立ちを教えてください!

 

私は九州出身で、もともと実家が漁師でした。だから父から「漁師になれ」と言われていました。漁師になるなら、エンジンを学んでおかなくてはならないと思って工業高校に進んだんですね。

でも、ある時父が「漁師はもうこの先がない」と言ってきたんです。それが高校2年のとき。急にはしごを外されたんです。

当時、アルバイトをしていた旅館で布団を敷く仕事をしていました。そのとき日給制で働いていたのでその日の仕事を早く終わらせれば効率が良かったんですね。(仕事の効率を上げて)10分で1500円稼ぐとかしていました。そのおかげで布団を敷くのが早くなりました。

そんな時あるお客さんに「君たちの布団を敷く仕事はすごい。面白い子たちだ。うちの会社に来なさい」と言って呼ばれたのが、静岡の食品会社でした。

 

静岡との接点はそこだったんですね。その後は?

 

その会社に就職したんですが、そこで機械系の仕事で地味な作業が続いたんで嫌になっちゃって、「面白いことしたいな」と思ったんです。

静岡に一人で来ていたので、彼女もいない、どうやったら彼女出来るかな~と考えたら、車ぐらい持っていなきゃなと思いました。だから、先輩に頭を下げてお金を「1年で返しますから」といって借りました。
そういった手前、収入を増やさなきゃいけなくなるので夜の仕事をするようになりました。そしたらそっちの方が面白くなって、だんだん夜の世界に入っていったんですね。中洲、銀座と修行に行って、自分のクラブを持ったんです。高級クラブまでになりました。静岡で色々な企業の社長たちと面識があるのはその時のお客様だったからなんです。(笑)

 

夜のお仕事をされていたんですね。
夜のお仕事を辞められたきっかけはありますか?

 

当時、自粛ムードっていうのがあって(お店には)お客様がほとんど見えないだろうなって思ってたんです。でも御高齢の方だけ来てくださいました。

あんまり普段飲まないのにものすごい良いボトルを入れてくれてました。気を遣ってくれているんだろうなと思って、「なぜここまでやってもらえるんですか?」と聞いたら、
「私たちはこれだけ生きてきているからいろんな災害を見てきている。もうこの歳だから私たちの役目はお金を使うこと。経済を止めちゃいけないんだ。」


とおっしゃったんです。「かっこいいな~。」と思って!そして、

 

「私たちはこういうことをする、だからお前はお前にしかできないことをやれ」

 

と言ってくださったんです。それを受けて、私は経営者のお客様一軒一軒当たって、「社員さんのお子さんの古着でいいので古着だけ集めてもらっていいですか。」と電話を掛けました。そしたら二日くらいでお店の中一杯に古着が集まったんです!それを実際に被災地に持って行きました。それで夜の仕事は完全にやめましたね。

 

 なるほど。そこから、最初に伺った会社立ち上げに至るわけですね!つながりました。

 

社長の考えていること

 

話は変わりますが、人生で一番苦労したことはなんですか?

 

ないかな?離婚したときくらいじゃないですか?(笑)

私の離婚の仕方って仲悪くなったからじゃなくて、自分の人生の中でのターニングポイントでしかないんですけど。起業のタイミングで、今離婚すればこの仕事こういう風にうまくいくなとか、今のタイミングで離婚するのがベストだなと思ったんです。

でも実際男性ってすごい引きずるんですよ~。(笑)
だから自分で引きずる期間がわかっていると、計算してそのタイミングが私にとって一番よかったんです。その時じゃないとたぶん奥さんがついて来られなくなっちゃってたんです。

 

計算してのことだったんですね!
今、社長が会社を経営していて悩んでいることはありますか?

 

ないです。
わからないことがあったら人に聞けばいいと思っています。専務が”研究員”っていう立場で、私と全くスキルが違うのでわかんなかったら全部投げます。(笑)

私しかできないことは私がやればいいんです。

 

そうですね、役割分担をきちんとしていらっしゃる。
社長が今の私と同じハタチの時や就職の時、どんなことを考えていましたか?

 

結構な野心があったと思うんです。当時、夜の仕事をやっていてまあまあの月収でした。大学なんか行くことすら考えていませんでしたしね。もともと漁師になるはずだったから。
「自分でやっていきたい」と思ってやっていて、がつがつしていました。

 

いわゆる”社長”って、良い大学行って...っていうルートが普通だと思っていたけど、石田社長のようなキャリアで成功していくっていうイメージがあまりありませんでした!

 

私が夜の仕事をやって、”人”を見ていて思うんですが、人の幸せってみんな平等だと思うんです。上限が100なら100って決まっているんです。それを人生の中でどうやってどのタイミングで使うかなんです。ずーっと絶好調の人っていないんですよ。

よく陥りがちなのは、いい大学行って万全の準備をしてから”起業する”人っていますよね。そういう人たちは大体失敗しますから。「失敗しないと成功しない」と分かっている人は失敗しないと思うんです。私は今ちょっと仕事が楽になったな、くらい。

 

どのくらいになったら社長自身、「成功した」って言えると思いますか?

 

成功って周りが、「あの人もう頑張らなくて良いんじゃない?」て言ってくれたらそれが成功なんじゃないですか?自分でも「精一杯やったなー」って思えたら。私は経験から学んできました。
「こういう人になりたいな」って思う人とずっと一緒にいればいいんですよ。そういう人とずっと一緒にいて「この人に気に入ってもらいたいな~」と思って一緒にいればいるほどそういう人にすぐ近づけるんです。

 

確かにそうですね!なれそうな気がする!

 

うちの社員は、社内では基本的にフランクなんだけど、「これクソなんとかだな」とか「バカなんとかだよね」って言っていると、私が「なにがクソなんだよ」って言っちゃうんですね。(笑)「私の前ではそういうこと言わないで。移るから。」っていうんです。そういう(汚い)言葉を使わないと、そういう(言葉を使わない)人たちとの会話がスムーズに出来るんです。そしたらその人たちに気に入られる確率が高くなる。その人たちから良い情報ももらえるんです。だから私は、言葉遣いと立ち振る舞い、身なり、これだけは大事にします。

 

 

これから静岡でやっていきたいことはありますか?

 

今は、静岡で、こんな小さな会社なんですけど、”絶対に静岡の会社が出来なかったであろうこと”をやりたいです。
今実は40%くらいは出来ているんです。もうちょっとで、年内で炸裂できるんじゃないかな?

 

それは気になりますね!!
ラジカルラボさんの、ここがほかの会社とは違うところってありますか?

 

うちは、”研究する人を主体に会社を動かしている”かなと思います。
例えば、レストランでシェフとギャルソンっていますよね。あれってシェフの方が関係性は上ですよね。でも、サービスするときは、ギャルソンがしっかりと料理の説明とかしますよね。私がそのギャルソンの立場だと思っています。

 

なるほど。わかりやすいです!

 

本来、経営者=研究者だと会社がうまくいかないんです。
研究者って自分の作ったものに愛情が深くなりすぎちゃって営業がうまくいかないケースが多いんです。そうすると私みたいな社長が専務である研究者に「もうちょっと売りやすい物をつくれよ」とかって言ってしまう立場になったりするんです。そうするとまたこれもうまくいかないんです。だから私はいつも研究者には敬意を払っています。

ちゃんと正直にやるっていうのが大事なんです。社員に関しては、仕事を分けているので責任を持たせている。私は出来ないことを社員や専務がやってくれているので、ちゃんとやってもらわないと会社が潰れちゃう。(笑)

 

この業種だから、こういう風にしているってわけじゃないですか?

 

仮に、私が前職でやっていたら見えなかったかもしれないですね。今まで全く違う業種でやってきて今の事業に対して何もスキルがない。ちょっと人付き合いがあってお酒も多少飲める。それぐらいしかないので彼(専務)の能力を信頼するしかないわけですよね。
最初はやはりぶつかりますよ。「営業で売りずらいんだよ。」と(笑)

 

どう乗り切りましたか?

 

ですから、私は「売りずらいんですよこれ~」ってあえて言って営業をかけてました。隠しながらじゃなくて。売り方を変えていくんです。商品じゃなく自分が変える。そういうのを彼との間で見出すようになりました

 

静岡県で会社を経営することのやりずらさってありますか?

 

東京にも出さない人はいます。母数が多いだけで。その想定を超せばいいんでしょ?そういう問題点があるときに視野が狭く見る人が多いんです。私はそういう壁があるとき、「いいよ、そういう問題は後に置いとけ」っていうんですよ。もうちょっと大きいとこ見ようよって。そのほうが精神衛生上良いです。(笑)
県民性とかを気にしていたら、ちっちゃいところしか見えないんです。

 

若者へのメッセージ

 

学生って静岡に就職するってなったときに、躊躇してる部分があって。何があればビジネスをしようってなるんですかね?

 

ちょっと回答とはそれるんですけど、大学生で一生懸命勉強して準備して起業して失敗する人っていますよね。志が高いのは結構なんですけど、私は思うんです。「じゃあ会社では何が出来るの?」って。「私のやりたいことをやらせてくれない」じゃないよね。

大学で勉強してきてすぐに即戦力になるわけじゃない。そこから社会に出たらまた別なんです。そこを見ていない。だからみんなやりたいことが静岡にないとかいうんですよ。決めるのは自分なんです。「会社が私をどう使うんだろう」っていう視点で見てる学生が多いんじゃないですか?その価値観を変えてあげることによって、学生にとって仕事をしたいと思える企業が増えるんじゃないですか?

 

この企業でスキルを磨きたい、働きたい、そういう感覚を企業がどう伝えるかですよね。グサッとくるな。

 

社会って大学に入っていてアルバイトしてちょっと覗いているくらいが社会じゃないよ。もうちょっと深いところまで勉強して自分が何をやりたいのかっていう話になってくると思うんですよね。

私が今までの経験上思うのは、大成功してる人は幼少期めちゃくちゃつらい思いしてると思います。私の友達のITの会社やってる人もそうなんですが、めちゃすごい仕事してます。でも彼は小さいとき小児病棟で生活していて大部屋で生き残ったのは自分だけだったんです。そういう経験があったからこそ、生きる意味とか仕事っていうのは何が一番大事なのかとか、そういうのちゃんと見出してるんです。

 

私はそういったどん底の経験がないので先不安なんです・・・。自分がやりたいことだけが先行してって空回りするんじゃないか・・・って。

 

そのやりたいことっていうのをあまりにも大きく作りすぎてるんじゃないですかね。逆に20歳そこそこでやりたいことが見つかるのってものすごい幸せ何じゃないかな?もうちょっとゆっくり構えていいんじゃないかな?

 

結局どうしたらいいんですかね・・・

 

いま、私って不安そんなにないんですよ。その不安って一番根底にあるのって「生きていけるのかな将来どうなるのかな」ってとこにあると思うんですよね。

二回り違う私から言えることといえば、自分が何をしたいかじゃなくて”どこまで自分がやれるのかを25、6くらいまでやったほうがいい”と思いますよ。「どこまでがむしゃらに出来るか」

で、どうして不安じゃなくなるかというと、25,6くらいまで必死で仕事とかやりますよね?やると評価されますよね?そうするとある程度お給料とかがあがりますよね。そうすると人間ってここから下に落ちることはなくなるんです。さがってもまた戻るんです。そうするとだんだん楽になるんです。だから不安がない。

そういう風にして不安を消していけばいい。今は不安があって当たり前なんです。色んな世の中のルールを理解していけばいくほど楽になっていきます。

 

 

貴重なお話ありがとうございました。

 

 

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社長:株式会社ラジカルラボ 石田昌治社長

 インタビュー・編集:田中

インタビューサポート:山崎、新村